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東京高等裁判所 平成5年(ラ)313号 決定

抗告人 甲野花子

相手方 甲野太郎

未成年者 甲野はる 外2名

主文

原審判主文第一項を取り消す。

未成年者はる、同一郎の親権者を抗告人と定める。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  一件記録(横浜家庭裁判所平成×年(家イ)第×××号事件の記録を含む。)によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人と相手方とは、昭和58年2月6日婚姻し、両名間に昭和59年6月26日未成年者長女はる(以下「はる」という。)、昭和61年3月29日未成年者長男一郎(以下「一郎」という。)、平成元年10月12日未成年者二女なつ(以下「なつ」という。)が生まれた。

2  相手方は、○○大学理工学部機械工学科を卒業後株式会社××に入社し、現在は同社の生産技術研究所に勤務している。

抗告人は、○△大学を卒業後×××に勤務していたが、相手方との結婚と同時に退職して専業主婦となった。

抗告人と相手方は、婚姻後社宅に居住し、多少のトラブルはあったものの、昭和59年6月にはるが生まれ、昭和61年2月には相手方の肩書住所地である自宅を取得して、同年3月には一郎が生まれた。同年1月から抗告人が切迫流産となって入院したため、はるは相手方の実家に預けられ、抗告人が出産後実家で静養した後同年5月の連休に帰宅するまで、相手方の両親によって育てられた。抗告人が帰宅した後一家での生活が始まったが、抗告人は一郎の世話に追われ、疲労感も強い時期にはるが抗告人になつかないことにいらだち、相手方や実家を非難したりすることがあり、相手方も抗告人の肉体的、精神的状況を十分に思いやることなく自説を押しつけることが多かったため、抗告人と相手方との間は次第に円満を欠くようになった。

3  平成元年4月はると一郎は幼稚園に入園したが、2人とも幼稚園に行きたがらないことがあった。そして、抗告人は、同年7月再び切迫流産のため入院し、その後も入退院を繰り返したため、はると一郎は相手方の実家の、次いで抗告人の実家に預けられ、休日は相手方が自宅に引き取って世話をしていた。その間、なつの出生予定日の1月程前に陣痛促進剤の投与を望む抗告人とこれに強く反対する相手方との間でいさかいが起き、相手方は病院の階段踊り場で抗告人の両頬を平手打ちするという事件があった。

その後、相手方はできるだけ早く帰宅して抗告人の家事、子供の世話を手伝うようにしたが、これがかえって抗告人のストレスのもとになり、他方、相手方は手伝いをするのに抗告人から文句を言われると受け取り、互いに感情的に口論することが多くなった。

4  平成2年後半ころから、一郎の登園拒否が激しくなり、抗告人は幼稚園の送り迎えを個別にするなどして努力したが、集団登園を方針とする幼稚園であったため、友達の母親から養育態度を非難され、抗告人も他の母親を敬遠するようになった。抗告人は悩んで相手方に相談したが、相手方は抗告人の社会性の欠如等も大きな原因となっていると考え、批判的対応をするのみであり、一郎の登園拒否は改善されなかった。

平成3年4月はるは小学校に入学し、5月には家族旅行をしたが、相手方が運転する車中でナビゲーターの役を命じられた抗告人が道路地図の読み方がよく分からず、役目を果たせなかったことなどから、夫婦間で激しい口論となった。

その後、一郎は下痢、嘔吐などの症状が出たため、○○○○精神科に通院して平成4年3月まで治療を受け、その間、抗告人は19回、相手方も3回医師の面接を受けた。

抗告人は、一郎の登園拒否は、寝ていた相手方の足を踏んだ一郎を相手方が1、2メートルも吹っ飛ぶほどの勢いで蹴飛ばしたこと、幼稚園の担任の不用意な言葉、家族旅行の際の夫婦喧嘩などが原因であると思い、相手方は、抗告人が集団登園の母親達を敬遠して適応できなかったことが、一郎に影響したと思っている。

5  平成3年7月18日、抗告人の運転する自動車に相手方が同乗して実地訓練をしていたとき、時差式信号により交通整理の行われていた交差点に進入した際、抗告人は右折の要領が分からず、また、相手方の指示を理解できなかったため、危険な運転をする結果になったことに相手方が立腹し、運転中の抗告人の首筋などを手拳で数回強打するという事件が起きた。抗告人は、相手方との間に感情的な溝が深まってきた上、体格に格段の差のある相手方にこのように暴行されたことに決定的なショックを受け、翌19日、未成年者3名を連れて実家に帰ってしまった。それ以来抗告人と相手方との別居生活が始まり、抗告人は、同年8月23日、離婚を求めて横浜家庭裁判所に前記調停(事件名は夫婦関係調整調停事件)を申し立てた。

6  抗告人は、実家で物心両面の世話になり、相手方から送金される月額15万円の婚姻費用分担金(離婚成立後は合計9万円の養育費)その他により生活し、両親、兄一家と未成年者ら3名とともに肩書住所(二世帯住宅)で心身共に安定した生活を送っている。抗告人は、離婚後の自活のためワープロ教室に行きながら、未成年者らと兄の子供2名の世話を実母とともにしている。

7  はるは、現在○○市立○○小学校3学年に、一郎は同学校2学年にそれぞれ在学し、はるは、同2学年の1学期のときには腹痛を訴え保健室で休むこともあり、やや問題があると感じられたが、学校でも次第に積極的になり、学校生活にも適応して明るく素直な子供であると評価されるようになった。一郎は、入学以来病気欠席4日はあるものの、心身共に発育良好であり、よく気がつき、頑張る性格と評価されている。

横浜家庭裁判所調査官が前記調停事件や原審の調査のため家庭訪問した際にも、なつは抗告人に伸び伸びと甘え、はる及び一郎は調査官に自分たちの写真や答案などを見せ、楽しそうに家の中を案内したり、抗告人に学校の出来事を競って話し掛けていた。

8  相手方と未成年者らは、別居後月1回(1泊2日)、夏休みには約2週間、冬休みには3日程度の面接交渉を行い、一郎は相手方が迎えにいくと喜んで出迎えている。なつも平成4年夏以降は兄らとともに相手方宅に泊まったりなどしている。はるも当初は相手方との交流を楽しんでいたが、平成4年12月にスキーに連れていって貰った際、こわがって橇に乗って遊んでいたところを相手方に無理にスキーをさせられたことなどから相手方との面接交渉をいやがるようになり、その後は面接交渉に参加していない。相手方は、これら面接交渉の際には、旅行をしたりして、相手方なりに一所懸命に未成年者らの世話をしている。

9  抗告人は、婚姻期間中に相手方の収入額を尋ねたことがあるが、相手方は教える必要がないとして拒絶したため、相手方が幾らの収入を得ているのか把握していない。抗告人は、前記調停においては、未成年者らの養育費として1人当たり月額6万円を希望したが、相手方は現在年収1000万円を超えているものの、未成年者らの養育費として送金しているのは、1人当たり月額3万円に過ぎない。

10  抗告人は、相手方の性格に偏りがあるとして、自分が親権者になることを希望している。

相手方も、未成年者らに対する親権、監護権を主張し、抗告人は視野が狭く、社会性、経済力も乏しいので、親権を委ねるのは不安であると主張する。相手方は、未成年者らを引き取った場合には、できるだけ在宅勤務時間を多くし、また、家政婦を雇う予定にしている。特に、未成年者らの財産管理については、未成年者らが相当の財産を相手方の父から贈与されており、将来も未成年者らのために贈与が予定されているので、財産管理については相手方の方が的確に処理できると主張している。

二  以上認定の事実をもとにして未成年者らの親権者の指定につき判断する。

未成年者ら、特にはると一郎については、従来登園拒否などの問題があり、この原因については、抗告人、相手方ともに相手の責任であると主張しているように、一方当事者のみが悪いと断定し得るものではないが、その主な原因は、抗告人と相手方とは、相手方において、抗告人は視野が狭く、社会性に乏しいのに対し、自己の意見は正しいと主張してこれを押し通そうとし、他方抗告人はこれを被害的に受け止め心理的に不安定になっていき、互いに不信感を高め、暴力事件も起きて、離婚するに至ったものであり、はるらの問題行動は、このような両親の、まれにせよ父親から母親に対する暴力をも伴う家庭不和に大きく影響されたものと考えられる。このような父母の争いを眼にしなくなった別居以後現在に至るまでのはる、一郎の状態は、学校、近隣の友達関係も積極的になりつつあり、安定かつ良好な状況になってきたものと認められる。また、抗告人の実家の家族も抗告人に協力的であり、家庭内の対人関係に問題は認められない。一方、相手方も、未成年者らの出生以来育児、教育につき関心を持ち、別居後の面接交渉にも積極的であり、養育費についても、滞りなく送金してはいる(もっとも、調停で抗告人が1人当たり月額6万円を希望したのに、相手方はその半額しか送金しておらず、右の金額は相手方の年収などから考えると低額に過ぎるものである。)。

しかしながら、相手方が未成年者らを引き取った場合、父親として相手方なりの考えに従って懸命な努力をするであろうことは考えられるものの、現状以上の監護が可能であるかは疑問であり、現状を変更することは未成年者らの福祉に反する恐れが強いといわなければならない(なお、相手方は、現状を重視するのは、理性により子の争奪を控えた相手方に不利益を招き、不当であると主張する。しかし、当裁判所は、未成年者らが抗告人の下にある現状に特に問題はないのに対して、相手方に監護養育を委ねることにより未成年者らにとって現状以上に良好な状態が期待できるかどうか疑問であり、また、抗告人が未成年者らの監護養育を始めるにあたっても特に問題とすべきこともなかったのであるから、未成年者らの福祉にとっては現状を尊重するのが最適であると判断するものであって、相手方の右主張は当たらない。)。そして、本件において、出生後2年弱で相手方と別居することとなった幼少のなつはもちろん、はる及び一郎についても、特に抗告人に監護権のみならず、親権を与えることが不適切な事情も見当たらない(相手方は、相手方の父から未成年者らに対し財産が譲渡され、あるいは相手方らから譲渡される予定であるので、その管理のためにも親権は相手方が取得すべきであると主張するが、前記調停の過程で抗告人が未成年者らの預金は引き続き相手方に管理してもらってもよいと言っていたことからすると、右財産の管理の問題は関係者間の話合いで解決がつけられる可能性もある事柄であり、また今後実際に相手方らから未成年者らに財産を譲渡する場合には民法830条により抗告人以外の者をその管理者と指定する手立てもあり、すでに譲渡済の財産についても、抗告人と未成年者らとの利益が反するような場合には未成年者らの利益の保護が図られているし〔民法826条〕、抗告人が親権を濫用するような場合は、その親権を喪失させることもできるし〔民法834条〕、あるいは子の利益のため必要である場合は、親権者の変更の審判を受けることもできるのである〔民法819条6項〕から、仮に相手方が主張する財産の譲渡が実際にあり、また、予定されているとしても、これをもって相手方を親権者と定める根拠とするには足りない。)。

また、もとより、両親が離婚したとしても、未成年者の健全な人格形成のために父母の協力が十分可能であれば、監護権と親権とを父母に分属させることもそれはそれとして適切な解決方法である場合もあるとしても、先に認定したとおりの抗告人と相手方の性格、両者の関係等に鑑みると、本件において双方の適切な協力が期待され得る状況にあるとは思われず、前記のとおり監護者として適当な抗告人から親権のみを切り離して相手方に帰属させるのが適当であるとは認め難い。そして、先に認定したとおり、相手方と未成年者らとの関係は現在概ね良好であるので、親権者を抗告人と定め、相手方は親権者とならなくても、相手方としては、従前のような面接交渉を通じて、未成年者らに対し愛情をもって接し、良好な父子関係を保つことは可能であると考えられる。

以上の考察からすると、未成年者らの親権者はすべて抗告人と定めるのが相当である。

三  以上のとおりであり、原審判のうち、はると一郎の親権者を相手方とした部分は相当ではないから、この部分を取り消し、右両名の親権者を抗告人と定めることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 満田明彦 曽我大三郎)

別紙〈省略〉

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